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札幌地方裁判所 昭和26年(ワ)211号 判決 1952年8月12日

原告(反訴被告) 三菱鉱業株式会社

被告(反訴原告) 丹肇 外二名

主文

被告(反訴原告)等は原告(反訴被告)に対し、それぞれ別紙目録記載の家屋を明渡せ。

反訴原告等の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は本訴、反訴とも被告(反訴原告)等の負担とする。

此の判決は原告勝訴の部分に限り仮りに執行することができる。

事実

原告(反訴被告以下原告と略称する)訴訟代理人は本訴につき、主文第一項記載及び訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、反訴につき、主文第二項記載の判決を求め、本訴請求の原因並びに反訴に対する答弁として、

第一、原告は東京都に本社を置き、夕張市にその事業所を設けて石炭の採掘、販売その他これに関連する業務を営むことを目的とする会社であつて、被告等は右事業所に鉱員として雇傭されていた従業員である。

第二、被告等は共産主義者であつて、左の如く煽動的な言動を以て、原告会社の事業の正常な運営を阻害し、又は阻害する虞れのある行為をなした。

(一)、被告等は日本共産党大夕張細胞の構成員であつて、同細胞機関紙「大夕張の旗」について被告栃木は同細胞責任者兼発行所提供者、被告丹は発行責任者、同佐々木は細胞前責任者としていずれもその編しゆう、配布に関与していたが、

(1)、同紙第十四、第十六号に三十分程度の早昇坑(仕事を早くやめて所定時間以前に坑外え出ること)は当り前のことであつて、これにもんくをいう係員は排斥しなければならない旨の記事を掲載、配布し従業員の怠業を煽動した。

(2)、同紙第十八号に安全燈職場に於ける従業員の配置転換は不当解雇であると虚偽の記載をなし、次いでかかる解雇による人員削減のため著しく労働強化が行はれ、十六時間作業を二十日間も継続する者があるに至つたと事実を歪曲した記事を掲載、従業員に配布し不当に原告会社を誹謗するのみならず、労資の対立を策謀した。

(3)、同紙第九号に安全燈職場における会社の企業合理化案は人員削減を計画するものであるから断乎闘うべきである旨の記事を掲載、従業員に配布し、原告会社の企業合理化を阻害せんとはかつた。

(4)、同紙第二十一号に新斜抗の貫通について、斜坑が貫通し人車が通ると時間いつぱい働かされることになり、しぼられながら墓を掘つていると同じだとの記事を掲載、従業員に配布し、その生産意欲の減退をはかつた。

(二)、被告丹はもと原告会社従業員寄宿舎清明寮役員、同佐々木は明倫寮自治会長であつたが昭和二十三年十月二十五日、当時炭鉱界に喧伝された大夕張の山猫ストに際し、その首謀者として組合本部の指令を無視し、多数の寮生を不法な集団欠勤に追い込み、原告会社に多大の損害を与えた。

第三、被告等の右の如き行為は基幹産業たる原告会社の社会的使命の達成を妨げ、原告の企業を維持するに非常な障碍となるものであるから原告は企業防衛上やむを得ない場合であるとして、被告等の所属する三菱大夕張炭鉱労働組合と原告会社との間に締結されている労働協約第二十三条、第二十四条に基き、右組合と協議をなした後原告会社大夕張鉱業所就業規則第十五条第一項第二号を適用し、昭和二十五年十月十七日、それぞれ三十日分の平均賃金を提供して同月十九日被告等に対し解雇の意思表示をなした。

第四、又被告等の右行為は当時の日本占領連合国軍最高司令官マツクアーサー元帥の昭和二十五年七月十八日附日本国総理大臣吉田茂宛書簡の趣旨に該当する行為である。而して、右書簡は同司令官が日本国並びに日本国民に対し、報道機関のみならず、公共の福祉に重要な関係を有する基幹産業の部門から共産主義者又はその同調者で、事業の正常な運営を阻害し、又は阻害する虞れのある者を排除すべきことを命ずる指令であつて、当時の日本政府並びに日本国民は日本の法令の如何を問はず、直ちにこれに服従すべき義務を負う超憲法的拘束力をもつものであつたから、原告会社は右書簡の趣旨に従い、前記日時、被告等を解雇したものである。

第五、前叙の如く被告等が鉱員たる身分を取得した後、原告は被告丹に対し昭和二十四年三月十一日、被告栃木に対し、同十九年三月十二日、被告佐々木に対し同二十四年十二月二十四日、原告会社社宅貸与規則によりそれぞれ別紙目録記載の家屋を貸与した。而して、原告会社の前記就業規則第二十三条によると、従業員が解雇されたときは、速かに社宅を原告会社に返還しなければならないことになつているので、原告は同二十五年十月三十日、被告等に対し同年十一月十日迄に前記社宅をそれぞれ明渡すべき旨を請求したが、被告等は右期限が到来しても明渡をなさない。原告会社は多数の従業員を擁し、社宅不足に悩んでいるので、本件各家屋の明渡を求めるため本訴に及んだ。

と陳述し、被告の主張事実中原告の主張に反する部分を否認した。(立証省略)

被告(反訴原告以下被告と略称する)等訴訟代理人は本訴につき、原告の請求はいずれもこれを棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、反訴として、原告が被告等に対し、昭和二十五年十月十九日なした解雇はいずれも無効であることを確認する。反訴訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、本訴に対する答弁並び反訴請求の原因として、原告が東京都に本社を置き、夕張市にその事業所を設けて、その主張のような業務を営むことを目的とする会社であること、原告が昭和二十五年十月十九日被告等に対しそれぞれ解雇の意思表示をなしたこと及び被告等がそれぞれ原告主張の日以来別紙目録記載の家屋を原告より貸与されてこれに居住し、原告主張の日、その主張のような請求を受けた事実は認める。その他は総べて否認する。被告等は後記の理由から現在もなお、原告会社の従業員であるから本件家屋を明渡す義務がない。

そもそも前記労働協約第二十四条によれば、原告会社は従業員を解雇する場合には必ず被告等の所属する三菱大夕張炭鉱労働組合と協議し、その同意を得なければならないことになつている。然るに、原告は右労働組合の同意を得ざるは勿論、これとの協議すらも十分に尽さず被告等を解雇したから本件解雇は無効である。仮りに右主張が理由ないとしても、同記就業規則第十五条第一項「第二号事業の都合によりやむを得ない事由」とは「やむを得ない正当な事由」の意味であつて、原告の本件解雇は右正当の事由を欠くものであるから無効の意思表示である。蓋し原告の請求原因第二項の如き事実は存在しないし、仮りに存在するとしても、被告等の行為は原告会社の従業員の労働条件の悪化を防ぎ、生活の安定をはかろうとする正当な組合活動であるから、これを理由にして解雇することは憲法違反であるし、又被告等の行為が「共産主義活動の一環」としてなされたものとしても、共産党は憲法により認められた合法政党であるから、党活動をなしたとの一事を以て、被告等を解雇することは憲法違反であつて無効であるからである。

次に、原告主張の如きマツクアーサー元帥の書簡は日本国及び日本国民に対する指令ではない。仮りに、指令であるとしても、それは日本国民に対し、所謂超憲法的拘束力を持たない。蓋し、連合国最高司令官の指令がかかる効力をもつのは日本国に対し、直接管理の方式をとる場合に限られるのに対し、前記書簡は間接管理の方式でなされたものであるからであり、又前記書簡が超憲法的拘束力をもち、本件解雇がこれに基いてなされたものであるならば、その解雇の効力に関する争は日本国裁判所の裁判管轄権に属しない筈であるからである。仮りに右がいずれも理由なく、前記書簡が原告主張のような指令であつて、且つ超憲法的拘束力をもつとしても、右書簡の対象とするものは、日本共産党幹部及び同党機関紙のみであつて、原告主張のように基幹産業一般から共産主義者又はその同調者を排除すべきことを命ずるものではない。

従つて、原告の被告等に対する本件解雇は前記労働協約、就業規則の各条項或は右マツクアーサー元帥の書簡のいずれを根拠としても無効である。よつてこれが無効確認を求めるため反訴に及んだと陳述した。

(立証省略)

理由

原告が東京都に本社を置き夕張市にその事業所を設けて、石炭の採掘、販売その他これに関連する業務を営むことを目的とする会社であること原告が昭和二十五年十月十九日、当時前記事業所に鉱員として雇傭されていた被告等に対し、解雇の意思表示をなしたこと、被告等がそれぞれ原告主張の日以来別紙目録記載の家屋を原告より貸与されてこれに居住していること、及び原告が被告等に対し、同二十五年十月三十日、右家屋を同年十一月十六日迄にそれぞれ明渡すべき旨の請求をなしたことは当事者間に争がない。

よつて先ず前記労働協約、就業規則の各条項に基ずく本件解雇が有効か否かについて判断する。

成立に争のない甲第一号証、第二号証の一乃至三第四号証、第七号証の一、二、四、第九号証の一乃至四、第十号証の一乃至四、第十一号証の一乃至四、第十六乃至第十九号証、第二十二乃至第二十五号証に証人中村隆吉、鈴木武、大谷巖、妹尾貢、名古谷武雄の各証言を綜合すれば、被告等はいずれも日本共産党員であつて、原告の請求原因第二項各号に掲げるような言動をなしたので(但し右事実中第(二)の行為はしばらく措く)原告は原告会社大夕張鉱業所就業規則第十五条第一項第二号「事業の都合によりやむを得ないとき」に該当するものとして解雇せんと決意し、被告等の所属する三菱大夕張炭鉱労働組合と解雇についての協議をなしたのち、昭和二十五年十月十七日、平均賃金三十日分の予告手当、即ち被告丹に対しては金一万二千八百六十五円、同栃木に対しては金一万四千三百九十三円、同佐々木に対しては、金一万三千七百八十七円をそれぞれ提供し、前叙の如く解雇の意思表示をなしたところ、被告等はいずれも右手当を受領しなかつたので、同年十月二十七日、札幌法務局岩見沢支局に右各金額をそれぞれ供託するに至つたことを認めることができる。

被告は、原告は本件解雇をなすについて労働協約第二十四条により前記労働組合と協議し、その同意を得なければならないのに右組合の同意を得ざるは勿論、これとの協議すらも十分尽さなかつたから本件解雇は無効であると主張する。そこで此の点について考えてみると、成立に争のない甲第一号証(原告会社と右労働組合との間に締結された当時の労働協約)に証人中村隆吉、鈴木武の各証言を綜合すれば、協議約款たる右労働協約第二十三条並びに第二十四条の趣旨は原告会社がその人事権の内容たる組合員の雇入、解雇、転勤、配置転換その他の異動について右組合の経営参加を認め、人事権の行使を一方的に行はず組合と協議して行うにあることを認めることができるから、原告は本件解雇をなすについて組合と協議すれば足るものというべきである。而して、協議とは会社が単に組合の意見を徴するといつた消極的なものではないが、さりとて組合の同意を求めるといつた最も積極的な経営参加の態容でもなく、その中間の態容、即ち、原告会社及び右組合の双方が信義則に基ずき意見の交換をなし、審議を行うという意味に解すべきところ、成立に争のない甲第七号証の一、二、四、に証人中村隆吉、鈴木武、名古谷武雄の各証言を綜合すれば、原告は本件解雇をなすに際し、事前に数回、前記労働組合と団体交渉をなし、右の如き意味における協議をなしたことが認められる。右認定を覆えし、他に被告主張の如き事実を認めるに足る証拠は存在しない。従つてこの点に関する被告等の主張は採用に値しない。

次に、被告等は、原告の本件解雇は正当の事由を欠くから無効であると主張する。なるほど、前記就業規則第十五条第一項第二号「事業の都合によりやむを得ない事由」とは被告主張の如く「やむを得ない正当な事由」の意味であることは間違いなく、かかる観点から原告の請求原因第二項各号に掲げる事実を検討すると、その中第(二)号の事実は原告提出の全立証を以てしても、被告丹及び佐々木の両名が昭和二十三年十月二十五日の原告会社大夕張鉱業所における寮生ストの首謀者であつて、且つ、此のストライキが違法な山猫ストであるとの心証を形成するに至らないからかかる事実を理由に被告等を解雇することは「事業の都合によるやむを得ない正当な事由」には当らないと解すべきであるけれども、その余の各号に掲げる行為を被告等がなしたことは前認定の通りであつて、かかる被告等の行為はこれと雇傭関係に立つ原告会社に対して、著しく信義則に違反するばかりでなく、多数の従業員を擁し、公共的重要産業である石炭生産業を営む原告会社の社会的使命の達成を妨げ、その事業を維持するに非常な障碍となるものというべきであるから、原告がその企業を防衛するため「事業の都合によりやむを得ない場合」であるとして被告等を解雇したことは右第(二)号の事実を除外しても、なおかつ、正当であるといはなければならない。被告等は、原告は被告等が正当な組合活動をなしたことを以て、又憲法上の合法政党である日本共産党の党活動をなしたことを以て、被告を解雇したから憲法に違反すると主張するけれども、前叙の如く、本件解雇は被告等が組合活動をなしたこと、又は日本共産党員としての党活動をなしたこと自体を理由とするものではないから右主張もまた採用することができない。

以上の如くであるから、原告の被告等に対する本件解雇の意思表示は爾余の点を判断するまでもなく、有効であつて、被告等は昭和二十五年十月二十日より原告会社の従業員たる身分を失つたものというべきである。而して成立に争のない甲第四号証(就業規則)第二十三条によれば、解雇の場合には速かに、社宅を返還しなければならないことになつていることを認めることができるから被告等はそれぞれ、その居住する本件各家屋を原告に明渡すべき義務あること明瞭である。

よつて、原告の本訴請求はこれを正当として認容し、被告等の反訴請求はこれを失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条第一項を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 猪股薫 中村義正 古川純一)

別紙目録<省略>

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